うちのパパはH21年4月・・独立してめがね店を開業!ママの眼をとおして、パパの奮闘振りを子供たちにかたり伝えることができたらいいな(^^♪
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藻岩犠牲者の碑〜タコ部屋労働
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今年も、
「藻岩犠牲者の碑」追悼式典
に行ってまいりました。

IMG_1494_convert_20160630211054.jpg


去年も行きました。、(文字クリックで過去記事へ)

電気と水というのは、何にも増して重要なライフラインです。

今からおよそ80年前、札幌に電気と水を引くために、過酷な労働を強いられた男達がいた。

ボロ雑巾の様に扱われ、むごたらしい死に方をした労働者達に追悼の意を表しに

地元民を代表して(?)行ってまいりました。

今年は例年合唱してる鎮魂歌「涙雨」のごとく冷たい雨が降ってました。

タコ部屋労働者は、どんなに冷たい雨でも過酷な労働から逃れることはできなかった。

この歴史について、調べるとどんどん書けなくなっていく自分がいます。

凄惨なリンチの末、生き埋めにされた現場も、自宅から徒歩数分の場所にあります。(知ってるのは3箇所)

80年というのはまだまだ歴史としては近くて、

この闇の歴史に関わっていた人物がが地元の政治的有力者になっていたり.....

(ヴィクトルユーゴーの「レ・ミゼラブル」の様です。)

今では一部上場の有力企業が何社も関わっているし、国が関わっていました。

戦後よくなったことは、人権思想が芽生えたことと、平和憲法に国民が守られてることかもしれません。
労働基準法5条
使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘
束する手段によって、労働者の意思に反して労働を強制してはなら
ない。

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タコ部屋労働〜その2
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前回、タコ部屋労働の犠牲者への追悼式典に参加した時に記事を書いた。

その後、いろいろと思うところがあって、今、調べている途中だ。

タイトルを「ままの夏休み自由研究」にしようか迷った。

戦後70年という節目の年。

以前調べようと思った時には、あまり資料が集まらなかったが、

今回ご縁があって、資料を入手できた。

近年、証言を元に書物も出版されてる。

タコ部屋労働は、戦争や当時の労働問題だけではなく、現代の問題にも共通する点がたくさんあることがわかった。

実は現在の原発労働者もタコ部屋労働の構図と共通する点が多く驚いた。


歴史教科書で習う事柄は、北海道のことは少なく、本州を中心とした内容がほとんどで、

我々の北海道の歴史はあまり言及されてない。

だからこそ、知る必要があるのかもしれない。

どこかのどかで、美しい大地、北海道の闇の歴史を。

******************************

1931年柳条湖事件に端を発した満州事変。

それからポツダム宣言受諾までの紛争状態を15年戦争と言う。

この15年戦争は、日本人のあり方、人間性、都市計画や主要産業など様々なものを大きく変えた時代と言えよう。


「タコ部屋」について調べるまで「小樽新聞」が存在したことすら知らなかった。

小樽は、札幌を拠点として、鉄道を介して物資の運搬で栄えていた。

漁業、貿易、物資の運搬が小樽港を中心に重要な役割を担っていた。

そんな小樽が、終戦と同時に衰退していったのは、単に車社会の到来のためだと思っていたが、

小樽が、札幌よりも栄えていた時代....

それは、戦争の海外進出の拠点としての役割もあったのだと、最近知った。

終戦間際、日本は本土決戦に備えて、大本営が北海道の現在の北大へ逃げて来るとか、

いろんな想定の中で最終的に終戦を迎えるわけだが.....

終戦になったので、タコ部屋労働者は解放された。

タコ部屋解放もGHQによるものだった。

我々は、現在の「日本国憲法」しか知らない世代だ。

主権は国民にあり、

平等であることも保障され、生命、自由、幸福の追求も尊重され、

差別されずに(表向きでも)、危ういながらも表現の自由も保障され、

思想、良心、学問の自由も保障され、(今危機にさらされてるけど)

拷問、残虐な刑罰も禁止され、

平等に選挙権もあり、教育を受ける権利もあり、

健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有して(「生活保護」の根拠となる条文)

生まれてからずっと、この憲法に守られて来てる。

歴史を知らずにいると、権利を奪われるとどうなるのか、わからないかもしれない。

そう言う意味でも、デリケートな分野だけど、なんとか書いていこうと思った次第だ。


カテゴリーに「タコ部屋労働」も作ったし。
かえるままのことだから、総論、各論ごちゃまぜになりそうな予感もありーの日記を
これからも書き留めておきたいと思う。
あとで、まとめられたらいいな。
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追記:

かのぼんさんより、瀬戸内寂聴さんが載ってる京都新聞の切り抜きを送って下さいましたので、
加筆します。

瀬戸内寂聴さん、ご高齢で入院もされて体調優れない中、ご自分のご意思でデモに参加されたのですね。

人を突き動かすものは、情熱ですね。
瀬戸内寂聴さん記事
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タコ部屋
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今日は地元ローカルな話題になります。

「藻岩犠牲者の碑」の追悼式に行って来ました。

これは毎年行われていて、一度参加してみたいと思いつつも、今まで

一度も参加することなく今日まで来ました。

やっと参加出来ました。


札幌の開拓の歴史の暗部とも言える「タコ部屋労働」の歴史を紐解くために....
IMG_0411_convert_20150705142254.jpg


1934年(昭和9年)〜1936年(昭和11年)札幌市に

水道と電力を供給するために、ダムと発電所を作る必要があった。

北海道電力の前身の1つ(当時数社で行ってた。)

北海水力電気会社が発注元になり、ダムと発電所の建設のため、

建設会社(現在の大手ゼネコン)の下請け40余りの飯場=「タコ部屋」が、

北ノ沢、南沢、藻岩下、白川の地域にあった。

「タコ部屋」という言葉は地元の人は知ってる言葉ですが、

「監獄部屋」とも言われ、労働者達は、監禁状態で、暴力的な手段により強制的に労働を強いられてれてました。

「タコ部屋」の由来は、タコツボの様に逃げられないと言う説、他の地域から雇うという意味で「他雇」と言う説、

重いものを担がされ肩にタコができると言う説などがあるようです、


(※資料引用「北電藻岩発電所建設工事犠牲者の碑を維持、普及する会」)

この場合タコ部屋労働の犠牲になった労働者とは.....

1、アイヌ民族....北海道の先住民族である、アイヌ民族
2、刑務所の囚人....自由民権運動の政治犯含む、刑務所の受刑者
3、本州の仕事に困ってる人や借金で困ってる人などに「良い仕事がある。」と騙して連れて来たり、
   ピンハネや契約違反があたり前に様に行われていた。
4、朝鮮人、韓国人(いわゆる「強制連行」は1939年以降だが、 1910年の韓国併合により日本の植民地となっ  た朝鮮半島で、経済基盤をゆるがされた人々が仕事を求めて日本に渡って来ざるえなかったそうです。)

1931年に満州を占領した日本は、戦争を拡大して行きます。

「陸軍特別大演習」これに間に合わせるため、工事を急いだと言う説もある様です。

上記のアイヌ民族、刑務所の囚人だけでは人が足りなくなり、本州の人、朝鮮半島の人を増やします。

土木工事につきものの土砂崩れなどの事故や過酷な労働のみならず、凄惨を極める虐待、暴行。

トイレ以外座ることは許されず、食事も立ってさせられて、寝る時も狭い部屋に大人数で寝させられる。

睡眠時間は少なく殆どが労働で、衰弱しようとも医療的な手当を受けられることもなく、

ボロ雑巾の様に使い捨てられる人達....

半死の状態で人柱として生き埋めにされた犠牲者の元に、私たちのライフラインは成り立ってるという事を、

忘れない様にしよう......

「人権」と言うものは、人類の長年にわたる自由獲得の努力の成果で、

侵す事のできない永久の権利であることを思い知らせれる歴史です。

今、世の中がとてもキナ臭いムードになってます。

「人権」を守ってる憲法を守らなくてはならないと痛切に思いました。


この像は「電気とお水を差し上げます。」と言うメッセージがあるそうです。

この手が、「命をかえして」「労働の対価を返して」と言ってる様にも見えます。
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ほんとうにあったコワイ話
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今日は、ちょっと凹みモードのかえるままです。

凹むと、マイナス思考になってしまい、
暗~い気持ちになりますよね。

暗い気持ちの時って、コワイ話など思い出して、
更に、暗い気持ちになってしまう。

久し振りに思い出した、怪談でも.....

怖い話が苦手な方はスルーしてね。

********************

むか~し昔、
かえるままが子供だった頃、友達に聞いた話です。
正確には、友達のお父さんが話てくれた話です。



北海道の開拓に携わった労働者が沢山いました。
戦前の話です。

大自然北海道に道路、鉄道、水道のダム建設など
主に建設業ですが、「タコ部屋」といわれる強制労働の
監獄部屋がありました。労働者はタコと言われたそうです。

主に刑務所の服役囚などの労働者が強制的に
労働させられました。

劣悪な労働環境と、厳しい寒さの中、長時間肉体労働をさせられ、
栄養失調、凍死、凍傷、それでも治療など施設はなし。
死者続出、それでも極悪人なのだから、そのまま、死体を柱として、
埋められた。死んでからなら、まだ良い、生き埋めにされた人も沢山いる
......
(本当にあったもっと悲惨な話もネット上にはあります。)




それで、友達のお父さんは役所の土木課にお勤めだったので、
その場所が、かえるままの住んでるこの地域であると,仰ったので、
更に、更に恐怖は深まり、
「自分の家の下に人柱があるかもしれない」
と言う恐怖に長い間取り憑かれてました。


本格的に、図書館で資料を調べて、自分の家の下ではない、と
確認しましたが、時々この話を思い出します。

心霊スポットと呼ばれる所も、この歴史上の場所が多々あります。


今は
労働基準法5条
使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘
束する手段によって、労働者の意思に反して労働を強制してはなら
ない。

によって、そんな事はありません。
ホッとします。

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