うちのパパはH21年4月・・独立してめがね店を開業!ママの眼をとおして、パパの奮闘振りを子供たちにかたり伝えることができたらいいな(^^♪
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虐待について思うこと (消すかも知れない)
最近虐待による子供の死亡事件がよく、ありますね。
最近は高齢者虐待も問題になってます。
で、いつも考えるのは、批判の対象に上がるのは当たり前ですが、
虐待をした保護者ですね。
それは、当然なんですが、100%その保護者のせいにしても
また、同じ様な事件が起きて、そして、親がどうだったか、とか
児童相談所の対応がどうだとか、いつも同じ議論ですね。
虐待は最近確かに増えてますが、虐待について我我の社会が
今それを明らかにし始めただけかもしれません。
何故なら、子供は親をかばったり、隠そうとするものですから。

その虐待をした親は、どのように育ったのか?時代背景は?
どういう親に育てられ、どんな子ども時代をすごし、
どんな学校でどんな友達がいたか。
結婚生活はどんなか、....
を個々に検証して行く必要があるのではないか?と思うのです。
そして、弱者を守るセーフティーネットの構築。これが急務ではないかと
思います。

母になると、当然の様に母性愛が沸いて出てくる訳では無いようです。
動物園に行けば、ゴリラやチンパンジーも愛情持って子育てしてます、
しかし、現代人は高度に脳を発達させて、本能を押さえる教育を多く
しすぎたのか、社会のストレスが邪魔をしてるのか、
本能的な子育てという部分がうまく
働かなくなってしまったのではないでしょうか? 
我が子を愛せなくて悩んでる親も多いと聞きます。

介護や子育てをしてると、毎日大変です。自分の時間はある程度、犠牲に
なりますし、あるがままに行動する高齢者や子供に、腹が立つときだってあります。
弱者であると知っていても...
そして、私たちのように、戦後、学歴主義で、人と比べらて育ってきた大人には
学力の様に、努力すればなんとかなる勉強とは違って、どう、努力しても
どうにもならない時がある子育てや介護は想定外ではないでしょうか?
想定外の連続に、自信を失って、全てを投げ出したくなる気持ちも、わかります。
そして、よそ様の家庭と比べては、落ち込んだり、
自分を責めたりしてしまうのではないでしょうか?
だからといって虐待して良い訳ではないですが、
全ての人が「まったく、理解できない、何を考えてるんだ」
という問題では無いような気がします。
むしろ、全ての大人にも、いつ自分もなるかも、という可能性があると思うのです。
そして、意外かもしれませんが、「過干渉も虐待である」と最近は定義されてます。
「無自覚の虐待である」と。
自分の思い通りにコントロールしようとしてても、「本人のためを思って」と
過干渉する親は言います。
しかし、私たちの中でも、親の世代でも沢山いるのではないでしょうか?
「親の犠牲になった」と人生を後悔してる大人は。
それも、実は虐待だと、知ったら、、、知らない間に世代間の連鎖
をしてるのかもしれません。

批判をおそれつつ思ったことを書きました。
消すかも知れません。






以下はウィキペディアより抜粋しました。長くてすいません。


法律による定義 [編集]
日本では「児童虐待の防止等に関する法律」(平成12年法律第82号)において、

「保護者(親権を行う者、未成年後見人その他の者で、児童を現に監護するものをいう)がその監護する児童(18歳に満たない者)に対し、次に掲げる行為をすること」と定義されている(第2条)。そして、同条各号において列記されている行為は、次のとおりである。

身体的虐待
児童の身体に外傷が生じ、または生じるおそれのある暴行を加えること。
例えば、一方的に暴力を振るう、食事を与えない、冬は戸外に締め出す、部屋に閉じ込める。
性的虐待
児童に猥褻行為をすること、または児童を性的対象にさせたり、見せること。
例えば、子供への性的暴力。自らの性器を見せたり、性交を見せ付けたり、強要する。
ネグレクト(育児放棄、監護放棄)
児童の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食、もしくは長時間の放置その他の保護者としての監護を著しく怠ること。
例えば、病気になっても病院に受診させない、乳幼児を暑い日差しの当たる車内への放置、食事を与えない、下着など不潔なまま放置するなど。
心理的虐待
児童に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと。心理的外傷は、児童の健全な発育を阻害し、場合によっては心的外傷後ストレス障害 (PTSD) の症状を生ぜしめるため禁じられている。
例えば、言葉による暴力、一方的な恫喝、無視や拒否、自尊心を踏みにじるなど。
要因・状況 [編集]
2008年度の児童虐待相談件数[1]は40,639件[2]で、統計開始の2002年と比較すると40倍の数字に増加している[3][4]。アメリカの被虐待児童数は約88万人(2000年)、ドイツ31,000人、フランス18,000人と報告されている[5]。

現在、良く知られている要因としては

望まない出産や望まれない子供への苛立ち
配偶者の出産や子育てへの不協力や無理解に対する怒り
育児に対するストレス
再婚者の連れ子に対する嫉妬・憎悪
離婚後、新たに生計を共にする者(再婚者や「内縁の夫・妻」)との生活にとって邪魔
などが挙げられるが、これらがなくても児童虐待が起こりうることは明記するべきである。

また、虐待を行う親の一部には、自らも虐待を受けた経験がある場合が多い。その割合については9.1% - 39.6%と報告により様々である[6][7]。このような現象を斎藤学は「世代間伝達」で説明している[8]。また長谷川博一は、親のケアが遅れている現状に鑑み、世代連鎖を断つことを理念の柱に据えて、1999年から親の治療グループ「親子連鎖を断つ会」を設立し現在に至っている[9]。

被虐待児が病院を受診し、虐待を受けたと思われた場合には担当でなくとも速やかに警察に通報する義務がある。[10]

無自覚の虐待 [編集]
虐待行為の中には、必ずしも自覚を伴わないものもある。ネグレクトなどではパチンコ関連で社会問題にもなっているが、自動車内に放置することなどが「危険な行為」という認識もなく続いており、業界団体が注意を呼びかけ、また各店舗でも保護者に注意を呼びかけている。また、自覚のない心理的虐待としては過干渉もあげられる。

揺さぶられっ子症候群に見るように、本人はあやしているつもりで負傷させる事例も警告されている。こちらでは、子煩悩ぶりを発揮して子供を喜ばせようと張り切り過ぎ、結果的に負傷させてしまうケースも報告されている。

その一方、心理学的方面ではしばしば保護者側が偏った価値観・認識を子に強要するなどの問題事例も見出される。このような問題に関連しては、米国で2006年までに片親引き離し症候群と称される、離婚家庭において片親が離婚した側の相手を中傷する情報を子に洗脳的に与えているなどという指摘も出たが、同病状視に関してはDVの問題にも関係して、米国内でもその後否定的見解が精神医学・法曹分野で成されるといった、複雑な事態も発生している[11]。
概要 [編集]
文字通り他者への干渉が過ぎて対象者の精神を疲弊させる事を指す言葉であり、現在この語が主に使用される場面は親子間等「保護者と被保護者」の間に発生する問題に関する場合であり、本項ではこの「保護者と被保護者間」での過干渉について述べる。

混同されがちな過保護との差は、保護者が対象者を一人間として認めようとせず、その子供の意思や思考、自我の発達や自主性等を一切否定して、操り人形の如く何もかも親の意のままにコントロールしようとするのが過干渉であり、子供の意思が尊重され過ぎ過剰に欲求を満たそうとしたり、被保護者自身に責任のある状況下で責任を肩代わりし過ぎてしまうのが過保護である。

過干渉する親は、人間が自己を確立し将来自立する為に必須である自己主張や感情表現、思春期に於ける異性や恋愛への興味や接触、被保護者各々の世代の文化や娯楽を一方的にタブー視して禁止したり、趣味を持つこと、志望校や将来の職業選択など対象者の思考、その他一切を否定、禁止して、己の価値観のみを無理やり押し付けたり、特に問題行動や不審な点などの理由もないのに『躾け』や『親の監督義務』等と称して対象者の一挙手一投足に目を光らせ、対象者のプライバシーを勝手に暴いて晒し物にして叱責したりして、対象者を精神的にがんじがらめにする。なおプライバシーは、家族間でもこれをみだりに暴くことに関しては個人の尊厳に基づく人権の侵害とみなされる場合がある。

なお後述するように、思春期や反抗期など自我の発達する段階では、しばしば他者の干渉に不快感をおぼえる傾向もあるが、保護者は被保護者に対して監督責任があり、被保護者の行動が社会的にみて不適切な場合は、これを調べて行動を阻むことも家庭教育の範疇では当然の行為である。しかし過干渉という場合には、社会通念上で容認できる範疇を逸脱して、又は『監督責任』の意味あいを履き違えて被保護者の思考や行動を全般にわたってコントロールしようとする傾向と解される。


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| | 2010/08/03/Tue 18:24 [編集]
虐待事件多くてほんとに悲しくなりますよね
ほんとどうにかならないかったの?って
思います。
私は長い間不妊治療をしたので治療中
そういう事件をきくと「なんで虐待する親のもとには子供ができて私にはできないの?」とか
「’(子供が)いらないんだったらちょうだいよ」とか思いましたよ。
保育園でも「虐待しそうだから」って相談する親御さんが結構いてね、でも相談するとちゃんと行政は手を差し伸べてくれるんです。子供を保護してくれるし、ヘルパーさんも探してくれたりね。
本人が(そういう制度があるって)気がつかないとだめなんですよね。もっと「相談してください」ってところがあればいいんですよね
長くなってごめんなさい
まなみ | URL | 2010/08/03/Tue 22:11 [編集]
Re: タイトルなし
まなみさんへ
そうでしたか...長い間待ってできた、小町ちゃんと豆猿君は幸せですね。
きっと、まなみさんに大切に大切に育てられてる事と思います。

何でも,無理して頑張りすぎて追いつめられるより、あらゆる社会資源を利用して、少しでも悲しい体験をする子供が減る方向になってくれると良いですね。
気軽に相談できる機関があると良いでしょうね。
コメントありがとうございます。
こちらこそ、長い記事になってしまいました。ごめんなさい。
かえるまま | URL | 2010/08/03/Tue 22:33 [編集]
放置プレイも虐待なんですね。

放置プレイっていう言葉は不思議な感じがします。理由は以下の通りです。

すなわち、プレイとは本来積極的な行動をするという意味で使う言葉ですよね。かかる意味を有するプレイを、何もせず放っておくという不作為の意味の放置という言葉と組み合わせるのはどこか矛盾した感じがするのです。

不真正不作為犯みたいな感じがします。

gmiyaka4 | URL | 2010/08/03/Tue 23:02 [編集]
確かに昔から、「虐待」のようなことは、あったのでしょう。今の社会で、それが明らかにされ、表に出たといえるでしょう。しかし、明らかに、現代においては、特徴的なことって在ると思います。わかりやすく言えば、個人主義、自分勝手、快楽至上主義、が行過ぎた結果なのではないでしょうか。連鎖も在るけれど、昔からの歪みも相当にあるように思います。根本から、変えないと、将来は暗いと私は思っています。虐待に限らず、原因を同じくして、それは、あらゆる場面で、人間の生を脅かしているようにも思います。
何らかの救済システムは急務で必須だろうと私も、思います。それと、各自、まず足元からの実行も、相当な力になります。それぞれが、生きることに真剣になり、生きる意味を問う、人が生き切るという重さについて、ある時期、しっかりと向き合うことでしょうか。
そして、自分が出来ることを、人間のためにやっていくことなのではないか、そう思います。
ちーさん | URL | 2010/08/03/Tue 23:54 [編集]
Re: タイトルなし
gmiyaka4さんへ

gmiyaka4さんへ
う~ん.....
「不作為の意思表示」みたいな?
ニホンゴ ムズカシネ.....
かえるまま | URL | 2010/08/04/Wed 07:58 [編集]
Re: タイトルなし
ちーさんへ
そう、戦後の拝金主義、唯物主義、学歴主義、核家族化、行き過ぎた個人主義、モラル無き社会、これらの歪みを根本から考え直さないと、あらゆる場面で、将来暗いような気がしてます。

愛とか、モラルとか、生きる意味とか、家庭でも、学校でも教育されかったものこそ、今一度考え直す所に来てるのではないかと、思います。 
私も、ちーさんと同じ意見です。
かえるまま | URL | 2010/08/04/Wed 08:10 [編集]

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